さて、前回記事で書いたような空爆の実態を日本のメディアは報道できているんでしょうか?
空爆の報道とのギャップ
今回、空爆に関する報道を調査するために、GNVが読売新聞のデータベースを利用し2010年〜2019年の10年間の記事のうち、見出しに「空爆」のキーワードが含まれているものを抽出し、518記事を分析しました(※1)。
空爆の回数の多さと報道量は比例していない
以下のグラフは、10年分の世界における空爆数の推移(※2)と、読売新聞の空爆に関する記事数を比較したものです。
ここから明らかなのは、空爆の回数の多さと報道量は比例していないということです。
2015年から2017年にかけて空爆の回数は大幅に増え、その後も維持していますが、報道はそれに逆行するように減少を見せています。
2015年はアメリカが率いる連合がイラクやシリアで対ISの攻撃を行ったことに加えて、サウジアラビアの連合がイエメンに大きく介入していたことで空爆数が増えています。
この時期は、ISの台頭が比較的に注目されたこともあり、他の時期よりも報道量が増えていると言えます。特に2014年には日本人がISに拘束され、空爆への注目をかきたてる要因になったことでピークを示しています。
その後も、イエメン、シリア、イラクでおびただしい空爆は続き、イラクの都市モースルやISの拠点であったシリアのラッカでは悲惨なほどに市民の犠牲が出ました。
でも、2017年以降は空爆数の多さを顧みることなく報道量は大きく減少しています。
国別に空爆を行った回数と、国別の報道量は比例していない
次に見せるのは国・連合別に空爆を行った回数と、各々の報道量との比較です。
アメリカや西欧などが率いるさまざまな連合は、イラク、シリア、アフガニスタン、リビアなどで空爆を繰り返していて、またアメリカが単独でパキスタンやソマリアなどにも空爆しています。
シリアとロシアはシリアを中心に空爆を多く行っています。
確かに、これらの国による空爆は報道ではある程度反映されています。
でも、空爆の回数は報道と比例していないところもあります。
たとえば空爆数がもっとも多かったサウジアラビア・UAEとその連合国のイエメンでの行動はほとんど報道されていないことグラフから読み取れます。
世界の空爆数の34%を占めているにもかかわらず、報道のおよそ5%しか占めていないんです。
国別に空爆された回数と国の報道量は比例していない
次のグラフは空爆をされた国の割合と、それらの報道量の割合を比較したものです。
空爆を行う国のデータとも比例しますが、空爆を受けた回数が多いシリアやイラクに関する報道も多いです。
でも、サウジアラビアが率いる連合によるイエメンへの空爆はほとんど報道されていません。
一方、イスラエルによるパレスチナ(ガザ地区)への空爆は回数自体は比較的少ないんですが、読売新聞には大きく注目されました。
空爆の数では全体の1%程度ですが、報道では約16%を占めています。
パレスチナは461回の空爆を受けているのに対して、イエメンはその40倍の18,250回受けています。
でも世界最悪の人道危機といわれているイエメンの報道量はパレスチナの半分以下にとどまっています。
また、アメリカがかかわっている紛争の中でも差は見られます。
たとえば、アフガニスタンは多くの空爆を受けているものの、報道量は比較的少ないです。
空爆する国、される国、ともに報道されるかどうかにはさまざまな理由が考えられます。
日本の外交政策はアメリカと密接につながっていて、報道の関心もその関係に沿っています。
また国際報道において、日本のメディアはアメリカのメディアから影響を受けているとも言えます。
したがって、アメリカによる空爆やアメリカの関心が強いイスラエル・パレスチナに注目がいきやすいです。
アクセスの問題も考えられます。
サウジアラビアは自国にもイエメンにも厳しい入国制限を設けていて、取材には大きな壁があるんです。
空爆被害と報道とのギャップ
空爆による被害についても、メディアは現状を報じきれているんでしょうか?
空爆の被害について、読売新聞にて死傷者に関する言及があるものを抽出し、その中でも国や連合別の割合、被害者の属性を分析しました(※3)。
死傷者について言及したものは132件ありました。
そのうち、その空爆に加担した国が明記されているものを国別に割合の大きい順に並べると、シリアが関与したものが24.2%、アメリカが関与したものが21.2%、イスラエルによるものは21.2%、ロシアが関与したものは9.8%、サウジアラビアによるものは5.3%という結果になりました。
また、シリア政府による空爆がトピックである見出しのうち67%に死傷者に関する言及があり、サウジアラビアだと38%、アメリカだと17%であるなど大きな差が見受けられます。
さっきのグラフと比較してみると、空爆した回数が3位のシリアについては死傷者への言及率がトップです。
一方で空爆した回数が最も多いはずのサウジアラビア(とその連合)については、死傷者への言及率が低いことはおかしいと思うのは私だけでしょうか?
また、死傷者の属性について情報があるものを分析すると、指揮者・幹部が20.5%、軍事関連(兵士や武装勢力、兵器施設など)が20.6%、市民(難民や病院を含む)が18.9%、子供が9.8%、特定されていないものが40.2%でした。
アメリカによる空爆がトピックの見出しでは、死傷者情報のおよそ7割が軍や過激派組織の指導者であった一方で、シリアによる空爆がトピックの記事では死傷者情報の8割以上が一般市民もしくは不明のものでした。
このことから分かるのは、アメリカによる空爆では標的の暗殺成功が報じられることが多いことです。
これはメディアがアメリカ政府による公式情報を鵜呑みにした、前回の記事で紹介したソマリアの件を考えさせられます。
シリアでの死傷者に関しては、読売新聞の多くの記事では政府公式の情報ではなくシリア人権監視団という人権団体によるデータを頼りにしていることも念頭に置いて考えてみてください。
コラム
空爆に関する報道自体が少ない上に、空爆が多いところに対して報道が少ない場合、少ないところに対して報道が多いケースもあります。
また、空爆する側からの視点から見る報道では、その悲惨さも読者には伝わりづらいです。
政府が空爆の実態を隠すことも多いです。
ドローンの普及によって空爆の透明性がますます怪しくなっている状況を考えると、メディアの番犬としての役割がますます重要になってきます。
空爆のような透明性の低い情報に関しては、より注意深く情報とその根拠を見極め、正確な報道につなげる必要があるのではないでしょうか?
※1 全国版(および東京版)の「国際」には1,883記事に「空爆」が含まれ、見出しのみに「空爆」が含まれる518記事を母体とした。
※2 世界で発生している暴力事件や武力紛争に関するデータを、事件ベースで集めている非政府組織ACLED(Armed Conflict Location and Event Data Project)のデータベースをもとに作成。
※3 見出しのみの判断であるため、記事の本文中に死傷者に関する言及があったものはカウントしていない。