報道されないイスラム教

みなさんこんにちは、コクレポです。

宗教って、私生活にも、政治にも大きな影響がありますよね。

なので、世界情勢を理解するためには、宗教を理解することが必要です。

宗教っていろんな側面があるのに、1つの面しか報道されなかったりすると、偏ったイメージがついてしまったり、ニュースを正しく理解できないことがあります。

そこで今回は、イスラム教関連の報道のされ方を分析してみたいと思います。

イスタンブール、アヤソフィア(写真:Haluk Comertel / Wikimedia[CC BY 3.0]

イスラム教とは

イスラム教ってそもそもなんなんでしょうか?

「イスラム」とは、アラビア語で「平和」、「従順」等の意味を表しますが、宗教的には「神のみを拠りどころにする」を表します。

そして、イスラム教徒は、唯一神で世界の創造者であるアッラーを信仰しています。

イスラム教は7世紀に、アラビアのメッカでムハンマドによって創始されました。

ムハンマドはアッラーから啓示を受け、アダムやモーゼ、イエス・キリストに続く、最後の預言者であると考えられていて、イスラム教には、ユダヤ教やキリスト教との共通点がいくつかあります。

そして、アッラーの言葉はムハンマドによって、コーランという書物を通じて人々に伝えられたとされています。

コーランには、アッラーの言葉が記述されているとされ、イスラムの教えの根本となっています。

これは、イスラム教徒たちの日々の暮らしに深く根付いていて、豚肉や血、アッラー以外のために供えられた肉を口にしてはいけない、利息をとってはいけない等の教えをイスラム教徒たちは実践しています。

また、イスラム教徒には五行という、

①シャハーダ:アッラーへの信仰の心を口に出すこと

②サラー:一日5回礼拝を行うこと

③ザカート:税を納め、貧しい者に施すこと

④サウム:ラマダンの期間、断食を行うこと

⑤ハッジ:聖地メッカへ巡礼すること

の5つの義務行為が課せられています。

コーランに記述された教えをもとに各地域・国や宗派が独自に解釈を加えて、人々の生活に密接に関わった社会的ルールを形成しているものもあります。

たとえば、コーランには「女性は自らの美しい部分をさらけださないように」という記述がありますが、これを各社会が独自に解釈した結果、ニカブという手と目以外を覆う恰好する女性がいたり、ヒジャブ(へジャブ)という頭部だけを覆う恰好をした女性がいたりします。

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イスラム教は、武力征服や交易、人の移動によって、アフリカやヨーロッパに広がり始め、 その後シルクロードを通じて中国や東南アジアにも波及していきました。

イスラム教徒は2010年の時点で、16億人程度いると推定されていて、この時点で世界人口のおよそ23%がイスラム教徒です。

イスラム教徒はインドネシアに1番たくさん暮らしていて、約2億人います。

以下インド、パキスタン、バングラデシュ、ナイジェリアと続きます。

イスラム教徒の人口に占める割合でみると、モロッコ、ソマリア、アフガニスタン、イランといった、北アフリカ・中東地域を中心に多くなっています。

インドは2番目にイスラム教徒が多く暮らす地域ではありますが、人口にしめる割合は14%だけです。

イスラム教には宗派が存在していて、スンニ派シーア派ハワーリジュ派の3つに大きく分けられますが、各宗派の中でもいろいろ分派が枝分かれしています。

また、スーフィズムという、教科書的なイスラムの教えを脱して、修行を通じて神への信仰を高めるという神秘主義的考え方も登場し、イスラム文学等の世界で大きな影響力を有しています。

(スーフィズムはイスラム教の宗派ではなく、運動の一つとして位置づけられています。)

国別でみるイスラム教関連報道の傾向

それでは、日本におけるイスラム教関連の報道には、どんな傾向があるんでしょうか?

GNVは2019年の1年間、朝日新聞の国際面に掲載された記事のうち、記事の中に「イスラム」「ムスリム(イスラム教徒の意)」の単語が含まれている記事を集計しました。

計322記事と、比較的少ないものでしたが、これらをもとにまず、登場した国・地域、記事の内容について分析を行いました。

以下のグラフは、記事の登場回数のが多かった国トップ10です。

取り上げられる国

報道量が最も多かったのはアメリカで、計35.8記事(11.1%)です。

( 1つの記事に2か国登場していたら各国0.5記事、3か国登場していたら各国0.333記事といったように集計してます。)

世界のイスラム教徒のうち、アメリカで暮らす人は0.2%だけなのに記事数が多いのはなぜでしょう?

これは、「アメリカで暮らすイスラム教徒」ではなく「アメリカの、イスラム教圏へ向けた政治・外交政策」が多く報道されているからです。

また、そもそも日本の報道機関が普段からアメリカに大きく注目していることも理由の1つです。

報道の内容は、アメリカが介入している紛争(シリア、アフガニスタン等)、IS(Islamic State:イスラム国)掃討作戦、イランとの対立など、多くの政治・政策的アクションとなっています。

2位のシリア、3位のイランも同様の視点で取り上げられていて、シリアはISとの戦闘の文脈で、イランはアメリカとの対立・制裁の文脈で多く登場しました。

4位のインドは18.7記事取り上げられ、そのうちの多くはパキスタンとの紛争関連でした。

イスラム教徒への不当な扱いだと批判された国籍法改正の話題もありました。

5位にミャンマー、9位に中国がランクインした理由は、国家によるイスラム系のマイノリティへの迫害が大きく関連しています。

ミャンマーにおけるロヒンギャ、中国におけるウイグルの多くはどちらもイスラム教徒であり 、迫害の対象となっています。

6位にニュージーランド、7位にはスリランカがランクインしましたが、これはテロが発生したことが原因です。

ニュージーランドのクライストチャートでは3月に、反イスラムを掲げた個人がモスクを襲撃したテロが発生し、スリランカでは4月に、イスラムを掲げる過激派組織によるキリスト教の教会をターゲットとした爆破テロが発生しました。

同率7位のトルコは、シリア紛争とそれに伴うIS掃討作戦、紛争により発生した難民問題、親イスラムの政治色を出しているエルドアン氏のイスタンブール市長選敗北等のトピックが取り上げられていました。

取り上げられない国

では、取り上げられなかったのはどんな国々でしょうか?

インドネシアは前述の通り、世界最大のイスラム教徒人口を有していて、日本との経済的繋がりも強いです。

にも関わらず、記事数は8.5だけ(記事に登場した全56ヵ国中14位)でした。

記事の内容は大統領選関連が多くを占めていました。

人口の約9割をイスラム教徒が占めるインドネシアでは、イスラム教徒の組織票が選挙の勝敗に大きく影響を与えうるからです。

ナイジェリアにも多くイスラム教徒がいますが(イスラム教徒の総人口世界第5位)、記事数はわずか2つだけでした(同率27位)。

こちらも大統領選に関する記事でした。

これは、前回選挙時に、イスラムを掲げる過激派組織「ボコ・ハラム」の妨害を受けて投票延期となったことや、ムハンマド・ブハリ大統領が「ボコ・ハラム」の制圧を公約に掲げていたことなどが理由です。

2019年インドネシア大統領選にて、投票する男性(写真:Department of Foreign Affairs and Trade’s photostream / Flickr [CC BY 2.0])

分析結果

今回の分析結果から見えてくることの1つに、普段から国際報道で多く報道される国は自然とイスラム教関連の報道も多くなっているのではないか、ということです。

日本のメディアが普段からアメリカや中国の動向を注視しているため、イスラム教関連のトピックでも、これらの国が多く報道される傾向があると考えられます。

西ヨーロッパ諸国も、比較的報道されやすい傾向にあって、実際、イギリス(記事数5.3)、フランス(記事数4.2)については、イスラム教徒の総数が圧倒的に多いバングラデシュ(記事数3.3)よりも多かったです。

低所得国はイスラム国家でも報道されないことが多く、テロなどセンセーショナルな事件が発生してはじめて報道されることが多いです。

たとえば、ブルキナファソ(記事数2)は武装勢力の教会乱射事件があった時だけ記事に登場しました。

記事の内容でみるイスラム教関連報道の傾向

では、記事の内容をいくつかのカテゴリーに分けて分析してみましょう。

1番多くの割合を占めたのは、政治・政策関連の報道でした(29%)。

(1つの記事にあてはまるカテゴリーが2つの場合は各カテゴリーに0.5記事ずつ、3つの場合は0.333記事ずつ計上。)

これは、アメリカの外交政策関連のニュースが多くを占めているからだと考えられます。

アメリカはシリアやイランへ向けてなど、多くの対中東政策を実施しています。

大統領や国務長官が何か、特に対IS政策に関する発言をした際にニュースになることも多いです。

他の国でも、選挙や政治家の発言等がしばしばニュースになっています。

次に多かったのは紛争で25%、その次はテロで16%と、暴力性のある内容のものが多く報道されていたことがわかりました。

社会・生活のカテゴリーには、その国でタブーであると考えられているイスラム教関連の話題は頻出しました。

たとえば、エジプトで、公共の場で学生(男女)がハグをするという、タブーとされる行為をしたことが原因で大学を退学となった事件などがあります。

暴力性とイスラム教

では、報道におけるイスラム教と暴力性の関連について考えてみましょう。

カテゴリー別の分析で明らかになったように、イスラム教関連の報道は、紛争やテロといった、暴力を想起させる内容の報道が多いです。

内容に暴力性(人為的な要因による物理的な損害)があるものとないものを分類した結果、暴力性の「ある」ものが45%(146記事)、「ない」ものが55%(176記事)となりました。

(記事がメインで取り上げている話題に暴力性があるもののみをカウントしてます。(例:ニュージーランドでのテロ事件後、イスラム教徒が再びテロ被害の標的とならないよう、他教徒もスカーフで頭部を覆う運動が広がったニュースについては、このトピック自体に暴力性はないため「なし」にカウントされてます。))

ここでの暴力性には、イスラム教徒が加害者となっている記事、被害者となっている記事の両方を含みます。

バングラデシュの難民キャンプで暮らすロヒンギャの女性と子ども(写真:UN Women, Allison Joyce / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])

また、全322記事のうち、「イスラム国」「イスラム過激派」「イスラム武装組織」といったように、イスラム教徒が、加害・暴力的団体であることを想起させるような文脈でイスラム、ムスリムの言葉が使われていたものは全部で167記事(52%)と、全記事のうちの半数以上でした。

イスラム教徒を不信なもの、危ういものとみる風潮は多くの国で発生していて、日本もその例外ではありません。

2018年の調査によると、各宗教に対して肯定感・否定感をもつかの質問について、イスラム教を「肯定的」「どちらかと言えば肯定的だと回答した人は7%と、キリスト教に対して肯定的だと回答した人(26%)の4分の1であり、またイスラム教を「否定的」「どちらかといえば否定的」だと回答した人は21%と、キリスト教に対して否定的だと回答した人(6%)の3倍となっています。

また、イスラム教のことを「よくわからない」と回答した人は44%とかなり多くなっていて、イスラム教に関する情報の少なさを表しています。

イスラム教に対する不信感や、理解の欠如は、私たちが今生きる世界を理解するうえで大きな妨げになってしまうんじゃないでしょうか?

報道されないイスラム教

最後に、報道されていないイスラム教の側面が多くあるということが考えられます。

先ほどの調査が、イスラム教についた「わからない」と回答した人が44%もいることを表したように、イスラム教に関する多くの情報が、人々に行き届いていません。

ハッジ

そのうちの一つは、イスラム教の大規模な儀礼についてです。

ハッジは、ヒジュラ歴の最終月(12月)の8日から12日の間を中心に、身体的・金銭的に可能な人が、人生のうちに一度は、サウジアラビアに位置するイスラム教の聖地メッカに巡礼するという行為で、五行のうちの一つです。

これはイスラム教徒に課せられた義務の1つで、毎年およそ200万人ほどのイスラム教徒がサウジアラビアのメッカへ向けて巡礼します。

これだけ多くの人間が関わる行事であるにも関わらず、2019年の1年間、朝日新聞の国際面において、ハッジに関する記事はゼロでした。

イード

また、イスラム教徒にとって重要な意味を持つ祭りであるイードに関する記事もゼロでした。

イードはハッジの後、ラマダンの後の2回行われ、ラマダン後のイード(イード・アル=フィトル)は、国々で祝い方はいろいろですが、祝日になったり、家をランタンや花で飾り付けたり、家族で集まってご馳走を食べたりする、イスラム教徒にとって大きなお祭りです。

ラマダン(断食を行う期間)については、ハッジ、イードより報道されて、計7記事でした。

ハッジの時期、メッカのカアバ神殿に集まるイスラム教徒たち(写真:Adli Wahid / Wikimedia [CC BY-SA 4.0])

イスラミック・バンキング

イスラミック・バンキングも、多くの人の経済活動に影響を与えるにも関わらず、記事数はゼロです。

イスラミック・バンキングっていうのは、利子をとらない、貸し方と借り方は利益・損失の両方を共有する、賭博に関与してはいけない、などのイスラム教の教えに基づいた金融システムです。

イスラミック・バンキングを含むイスラム金融市場の規模は、2017年の時点で2兆円以上となっています。

世界各地で年々成長を見せていて、2024年までに3.6兆円を超える予想です。

2019年のマレーシアにおけるイスラミック・バンキング部門は10-11%の成長を見せ、フィリピンでも2019年に、イスラミック銀行がフィリピンで活動できるよう法改正を行いました。

世界各地で需要がますます拡大しているイスラミック・バンキングへの理解は、国際経済を理解するうえで一つの重要なポイントではないでしょうか?

また、イスラム教世界に強い影響力を持っていても、あまり報道されていない団体もあります。

ムスリム同胞団

ムスリム同胞団はその一例で、君主が絶対的な権力を持つ制度に反対して、社会奉仕活動等を通して大衆からの支持を集めている団体です。

中東・北アフリカの多くの国ではムスリム同胞団とのつながりを持っている政党も存在します。

エジプトやサウジアラビア、UAEなどからは、自国の政治体制を脅かす「テロ組織」として指定される一方、カタールやトルコは、その民衆への影響力の強さに期待し、ムスリム同胞団との結束を強めています。

では、今回の分析でムスリム同胞団がどのように報道されていたかを見てみましょう。

「ムスリム同胞団」のワードが含まれる記事は7件あったが、その全てで、ムスリム同胞団がエジプトの大統領によってテロリストとして弾圧されたという文脈でのみ登場しました。

これでは、ムスリム同胞団の一側面のみに光をあてているだけで、全体的な理解につながりません。

イスラム教社会に大きな影響力をもつムスリム同胞団のような団体を報道することは、イスラム教とその取り巻く情勢を深く理解するうえで役に立つのではないでしょうか?

カイロの街道にて選挙運動中の、ムスリム同胞団のムハンマド・ベルタギー氏(写真:Al Jazeera English / Flickr [CC BY-SA 2.0])

コラム

今回の分析を通して浮かび上がった、現在のイスラム教関連の報道に対する問題点には、

①地域における報道の偏り

②報道されるニュース内容の偏りからくるイスラム教への暴力的なイメージの付与

③イスラム教の報道が少ないが故の、イスラム教への理解不足・それに伴う、わからないものへの不信感の増幅

④政治、社会、経済とイスラム教との間の複雑に絡み合う関連性に関する解説・説明の少なさ

が挙げられます。

今現在発生している情勢の理解には、なんでそんなことが起きたのか、その背景・文脈を把握することが欠かせません。

世界に広く影響を与えているイスラム教とその関連を理解することは、この文脈を掴むうえで大切なんです。

私たちが今生きる世界を理解するためには、誤解を生じさせることなく、物語の流れがわかる報道を行うことが必要ではないでしょうか?

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