みなさんこんにちは、コクレポです。
ここ最近(2022年2月)、ウクライナの緊張状態が毎日報道されてますね。
テレビでは爆発や銃を持つ人たちなどの、ロシア軍事演習の映像が流れていて、いよいよロシアがウクライナを攻撃しようとしてるような緊迫感を感じます。
でも、この報道の仕方、なんだか戦争をあおってるように感じるのは私だけでしょうか?
今回は、紛争報道の実情を捉えつつ、より良い紛争報道に向けた動きを考えてみます。
ウォー・ジャーナリズムとピース・ジャーナリズム
紛争について報じるとき、平和よりも武力関連の出来事に焦点が当てられることが多いですよね。
こういう傾向は紛争報道に特徴的なものかもしれなません。
たとえば、2020年頃から毎日のように目にするようになった、コロナ関連の報道と比べてみましょう。
コロナの報道においても、もちろん日々の感染者数や死亡率、医療体制のひっ迫などネガティブな報道もありますが、同時に治療薬やワクチン、感染や重症化を防ぐ方法など、いかにこの感染症に対処するか、解決するかというところに焦点が当てられた報道も多いですよね。
こういった報道では一貫して人々の「健康」が目指されていて、「不健康」ばかりを報じるのに終始するものはほとんど見かけません。
このように、報道において健康を脅かす病気の扱い方と、平和を脅かす紛争の扱い方は大きく異なります。
現在の紛争報道の傾向を問題視する研究者は、紛争に関する報道をウォー・ジャーナリズム(war journalism・戦争報道)とピース・ジャーナリズム(peace journalism・平和報道)の2つの報じ方に分かれる、と主張しています。
それぞれの報道の仕方について順番に見てみましょう。
ウォー・ジャーナリズム
まず、従来型のウォー・ジャーナリズムの特徴は、スポーツ実況みたいな感じです。
スポーツ実況は、2チームに明確に分けられた選手の攻防の様子を伝えますよね。
試合中にはその瞬間に起きている事実を伝えながら、どちらが勝つのかに着目していく。
ウォー・ジャーナリズムも基本的な構図は同じです。
紛争当事者(チーム)を明確に2つに分けて、その対立軸が強調されます。
実際にはこのような単純な構造に当てはまらないその他の関係国、組織、関係者などがその紛争に影響を及ぼしている可能性があるにも関わらず、二項対立を中心に報道します。
さらに、場合によっては特定の紛争当事者を「悪」として報道することがあります。
特に自国が関わっている場合には、初めから「相手」を「悪」と位置付けて報道する傾向が目立ちます。
中には、メディアが自国の理不尽な言動や嘘、隠ぺいには目をつむり、相手側の問題のある言動のみが取り沙汰される場合すらあるといいます。
また、ウォー・ジャーナリズムには反映される「声」と反映されない「声」があります。
首脳、大臣、軍人などのエリートの「声」は多く報道されて、逆に一般市民や、平和を求める人々や組織の「声」はあまり報道されません。
一般市民が取り上げられるとしても、死傷者や避難民といった関心を引きやすい人たちが対象で、人々が心に負う傷や、貧困層の増加などの社会構造への影響といった、目には見えにくい現実は報道されにくいです。
ピース・ジャーナリズム
こういった紛争報道の現状を批判して生まれたのがピース・ジャーナリズムです。
これは1991年の湾岸戦争時に、従来のような紛争報道では紛争に対する理解を妨げ、かつ紛争を助長させてしまうとして、長年平和学の研究に取り組んできたヨハン・ガルトゥング氏 によって提唱されました。
ピース・ジャーナリズムの特徴は紛争の背景・原因にも着目し、あらゆる関係者の声や観点に光を当てること、そして平和的な可能性や動きについても報道するということが挙げられます。
また、仮に報道を行うメディア機関にとっての「自国」による理不尽な言動や嘘、隠ぺいがあったとしても、それを暴き白昼の下に晒すことが目指されています。
ピース・ジャーナリズムは紛争の様々な側面を包括的かつ客観的に捉えて、平和に向けた情報や観点を提供することで、紛争の解決にも寄与する可能性があります。
日本の紛争報道の傾向
では、日本のメディアが紛争を報道する際には、どのような報道がなされているんでしょうか?
ウォー・ジャーナリズムに近いものなのか、はたまたピース・ジャーナリズムの傾向が見られるのか。
GNVというメディア機関が、2021年10月1日から2021年12月31日の3か月間の、NHK放送の「ニュースウォッチ9」を対象に調査しています。
GNV調査によると、日本のメディアの紛争報道は、ウォー・ジャーナリズムの割合が大きく、日本が当事者である場合や、当事者との関係が深い場合に特に強くウォー・ジャーナリズムの傾向が現れるということ結果が出ています。
今回分析対象となっている紛争報道のうち、ウクライナにかかるロシアの動向の報道、北朝鮮のミサイルの報道、スーダンにおける紛争の報道、イエメンにおける武力衝突の報道、の4つについて順に見てみましょう。
ケース1:ウクライナにかかるロシアの動向
最近、ウクライナを舞台に、北大西洋条約機構(NATO)とロシアとの間で勢力圏争いが激化していることを踏まえて、今回のロシア及び欧米の動向には注目が集まっています。
多くの報道の流れはこんな感じです。
まず今回起きた事象として、ロシアがウクライナとの国境付近に軍隊を集結させていることが述べられます。
そしてソ連が崩壊して以後、東欧諸国がロシアとNATO勢力の意図がぶつかり合う場となってきた歴史的背景が紹介されます。
そこからは、主にロシアの国際政治学者にロシアの安全保障戦略についてインタビューするという形式で報道は進みます。
最後にロシアの動向が日本にも影響を及ぼしていることや、今後の展望などに触れて締めくくられます。
この報道に現れていたウォー・ジャーナリズム的特徴は、まず、使用される映像から、ロシアがいかにも戦争に向かっているかのような緊迫感が演出されているところです。
実際の軍事衝突は発生していないものの、「ロシア国防省が公開した訓練の映像」として、戦車が走行しながら砲弾を発射する様子や、2008年にロシアがジョージアに侵攻した際の映像が流されます。
これは、ロシアが武力行使を行いかねない国であることを印象付け、報道内容に緊迫感を持たせるための演出であると見ることができます。
さらに、映像だけでなく、ナレーションやキャスターの言動からもメディアの姿勢が見て取れます。
ウクライナに対するロシアの動きを、「牙を剥いている」と表現し、今にもロシアがウクライナに危害を加えようとするかのような表現していたり、キャスターがロシアの学者にインタビューするシーンでは、「あなたの国はウクライナに侵攻するのか」、「なぜロシアと中国の海軍は一緒になって日本を脅かしたのか」などと質問し、ロシアを「悪」と固定して報道する様子が見て取れます。
一方、NATO軍やこれまでのウクライナでのアメリカの言動についてはほとんど報道されず、その狙いも問われないことがほとんどです。
この報道では、ロシアが不可逆的に戦争に向かっているように見せており、平和的な解決の可能性についてあまり言及されません。
ケース2:北朝鮮のミサイルについて
続いて、北朝鮮のミサイルについての報道について考えてみましょう。
国連が禁止しているのにもかかわらず、これまでも北朝鮮は弾道ミサイルや核兵器の開発・実験を繰り返し、厳しい制裁が科されてきました。
そして2022年1月から2月の最近の報道では主に、北朝鮮がミサイルの開発を進め性能を向上させていること、実際にミサイルが発射されたことやそのミサイルの特徴、それに対するアメリカや韓国の反応といったように、新たな出来事や情報に合わせて一連の報道がされています。
この報道に概ね共通して見られる傾向は、徹底して北朝鮮を脅威の核保有国として印象付けている点です。
専門家にインタビューをして、北朝鮮のミサイルの性能が向上していることを裏付けたり、ミサイルの発射シーンを繰り返して流したり、「速報」として報道したりすることで、視聴者に身近な危険として認識させる狙いがあると考えられます。
中でも、2021年10月21日に放送されたものでは、金正恩氏が政府高官を従えてミサイルの前を闊歩する様子や、軍事パレードを高い場所から眺める様子を同時に流すことで、金正恩氏の北朝鮮国内における権力の大きさを示し、核・ミサイル問題の原因を金氏一人に帰するよう印象付けていると考えられます。
この報道でもロシアのケースと同様に武力に関連する要素が大半を占め、北朝鮮、そして金正恩氏を、恐怖をもたらす「悪者」と固定して報道していることが分かります。
また、この問題について解決策や外交的な要素についての報道はほとんど無く、ひたすらに緊迫感を伝える内容となっています。
中には、国連安保理の動きを報じたものやアメリカと韓国、そして日本が協力して新たに対応を検討していることに触れられた報道も見られますが、傾向としてはウォー・ジャーナリズムの特徴が強く現れています。
ケース3:スーダンにおける紛争
3つ目のケースとして、2021年10月に放送されていたスーダンでの紛争について伝える報道を取り上げます。
スーダンでは、2019年に独裁的な長期政権が崩壊し、民政への移管が進められてきました。
しかし2021年10月に軍部によるクーデターが発生し、当時の首相が拘束されました。
11月には一旦首相が復職し、民主化への兆しが見られた。
2022年に入っても、民主化勢力と軍との衝突が続いています。
今回分析対象とした2件の報道では、軍部がデモを受けて緊急事態宣言の声明を出す様子と、デモの様子を映像で流しつつ、死傷者の数や民主化勢力の動きについて報じられています。
人々と軍が衝突して煙や炎が上がる映像からは、まさしく混乱の様子が見て取れます。
民主化勢力や現地の医師会の声明など、一部に情報源として複数の当事者が示されていました。
しかし、クーデターやデモの背景、平和に向けた動きなどについてはほとんど報道されることはありませんでした。
この報道を通して視聴者には衝突の印象は残ると思いますが、スーダンが現在抱えている問題点とその原因、そして解決策について充分に考えたり理解を促したりすることは難しいです。
ケース4:イエメンにおける武力衝突
最後に取り上げるのが、2021年10月放送のイエメンの紛争報道です。
イエメンでは、「アラブの春」後に政権内で内部抗争が起こり、さらに周辺の国や勢力のさまざまな利権が絡み合って複雑化した武力紛争が2014年から続いています。
2021年末までに死者は37万7千人に上るとされ、この紛争は「世界最悪の人道危機」と形容されるほどです。
そして、紛争が起こった背景や平和への動きなどについてはほとんど触れられません。
極端に短い報道時間では、上に挙げたスーダンの報道と同様に視聴者がこの武力衝突について理解することはむずかしいです。
より良い紛争報道へ?
ここまで、紛争において暴力や対立を伴う部分を強調するウォー・ジャーナリズムと紛争の根本的な原因や平和に向けた動きにも注目するピース・ジャーナリズムの観点から日本の報道機関による紛争報道の様子を見てみました。
しかし、ピース・ジャーナリズムについても批判的な見方があります。
その批判は、平和に着目するあまり報道としての客観性を失っているというものです。
つまり、本来事象を観察してありのままを伝えるのがジャーナリズムですが、平和を促進しようとすると、その事象の当事者となってしまいます。
これによって、ピース・ジャーナリズムはジャーナリズムというよりむしろ、平和の提唱者となってしまっているという主張です。
しかし、ここまで述べてきたように、従来型のウォー・ジャーナリズムにも大きな問題があります。
そこで、新たな紛争報道の在り方として、ジャーナリストであり研究者でもあったロス・ハワード氏を中心にコンフリクト・センシティブ・ジャーナリズム(conflict sensitive journalism・紛争に敏感な報道、以下、CSJ)が提唱されてきました。
CSJとは、ただ紛争に関連する出来事の事実を伝えるのではなく、記者自身が紛争の原因を理解した上で、積極的により多くの視点、多くの声を拾い、そうして原因から和平に向けた動きまで、なるべく包括的に捉え、伝えようとするというものです。
これはピース・ジャーナリズムと被る側面は多いですが、決定的な違いは、CSJでは平和を促進・寄与することが目的ではなく、そのような報道もしないことです。
より正確・包括的に捉えることは、結果的に解決・再発につながる可能性は高いですが、あくまでそれを目指すものではありません。
コラム
ここまで、従来の紛争報道であるウォー・ジャーナリズムは紛争の一つの側面に集中することによって、紛争への理解を妨げていることや、その結果として、平和的解決の可能性が見にくくなることを確認しました。
一方で、紛争の原因や平和に着目して報道するピース・ジャーナリズムが存在すること、さらに客観性をもってより包括的に紛争を報道することで、人々の理解に寄与しようとするCSJという新たな動きが見られることを紹介してみました。
紛争報道は何のためにするのか。
各メディアやジャーナリストには、紛争について伝えることの意義を再確認して紛争報道をしていくことが求められています。
※ 2019年に、マレーシアの新聞が南シナ海問題についてどのように報じているのかを研究したもの。この文献の中で、ヨハン・ガルトゥング氏の主張をもとにウォー・ジャーナリズムとピース・ジャーナリズムを特徴付ける8つの項目が示されている。
※ 8つの特徴:ヨハン・ガルトゥング氏が提唱するウォー・ジャーナリズムとピース・ジャーナリズムを、対にして特徴づける8つの項目である。
エリート志向、人々志向:情報源、当事者として、政府軍の関係者ばかりが取り上げられているか、一般の人々が取り上げられているか。
差異志向、合意志向:争点や立場の違い、摩擦などにばかりに着目しているか。それとも当事者が合意する可能性がある事象に着目しているか。
今ここ、因果:起きたことのみを報道しているか、それとも事の背景や長期的な帰結まで報道しているか。
相手悪、責任分担:相手国を「悪」と決めつけて報道しているかどうか。
二者構造、多重構造:対立構造を、単なる二者間のものであるかのように簡素化して報道しているか、それとも異なる多数のアクターの存在を考慮して報道しているか。
片側肩入れ、中立的:アクターのどちらかに肩入れしていたり、バイアスを掛けるような報道をしたりしていないか。
勝ち負け、ウィンウィン:帰結をどちらかのアクターの勝敗にのみ委ねているか、それとも別な解決策に言及しているか。
主観言葉、客観言葉:「悪」とするアクターを、ネガティブな言葉や誇張表現で表しているか、それとも客観的な言葉で表しているか。
※ 同じ項目の中で両方の特徴が見られた場合、それぞれの特徴の報道時間の内訳などを集計して、それに合わせて1ポイントを割り振った。従って、少数が発生したものもある。
※ それぞれ、2021年の10月1日、10月6日、10月12日、10月19日、10月20日、12月2日に放送された報道。