ノーベル平和賞の背景:先端技術とジャーナリスト/国家権力による殺害・逮捕

ことしのノーベル平和賞には、フィリピンのドゥテルテ政権を批判してきたマリア・レッサ氏と、ロシアのプーチン政権に批判的な報道姿勢を貫いてきたドミトリー・ムラートフ氏が、選ばれました。

ノーベル平和賞のロシアのジャーナリスト「賞は殺害された同僚たちのもの」

ジャーナリズムについて考えることって多くの人にとってあまりないと思うので、ジャーナリストが平和賞受賞ってピンとこないかもしれません。

不正や不都合な真実を隠そうとする国家と、それらを暴こうとするジャーナリスト。

ジャーナリストや報道機関はどのように国家権力に立ち向かっているんでしょう?

そして国家権力は彼らに対してどんな動きを見せているんでしょう?

今回は、とくに技術の進歩がジャーナリズムにどんな影響を与えているのか取り上げてみましょう。

スマートフォンで取材するジャーナリスト(写真:Tony Webster / Flickr [CC BY-SA 2.0])

リークとジャーナリスト

ジャーナリストが権力者の不正などを暴く際にまず重要になるのがリークです。

リークをする人の大半は身元を特定されたくありません。

重い処罰を受ける可能性があるからです。

たとえば、アメリカやイギリスの政府当局がインターネットや電話回線の傍受、ハッキングをしていたことを告発したエドワード・スノーデン氏は、2013年に情報漏洩罪などの複数の容疑をかけられ、ロシアに亡命しました

また、イラク・アフガニスタンにおける戦争に関する米軍の機密情報をリークした元陸軍情報分析官のチェルシー(旧名:ブラッドリー)・マニング氏も情報漏洩など20の罪で2013年に有罪判決を受け、拘置所では非人権的な扱いを受けました

ウェブ会議に参加するエドワード・スノーデン氏(写真:Web Summit / Flickr [CC BY 2.0])

リークやそれを受けての報道には倫理的・法的問題が付きまとい、全面的に支持されているわけではありません。

また、リークには内部の情報を閲覧できる者からの提供だけでなく、ハッキングによる違法な情報収集によってもたらされたものも含まれています。

ハッカーからの投稿を歓迎」している情報発信者もいますが、ハッキングのほとんどは多くの国で犯罪行為とされていて、ハッカーが違法に得た情報を公開することについては賛否が分かれています

倫理的・法的観点から見ればリークが一概に「正しい」ことだとはいえませんが、こうした「違法」行為によって不正や汚職などの公益に反する権力者の動きが明らかになった事例もたくさんあります。

情報を公開することによる公益性が高ければ、情報源が違法な手段で得た情報を報道に利用することが世界的にジャーナリズムでの一般的な傾向となっています。

情報技術の発達や電子機器の普及によってリークがしやすくなったとはいえ、メールに添付するなどの方法ではリークした人間の身元が特定されやすいです。

そこで、リークした人間の匿名性を守るようなシステムが開発されています。

その代表例ともいえるのが「ウィキリークス(WikiLeaks)」です。

ウィキリークスとは、内部告発システムを開発し運営している2006年に設立された非営利組織です。

政府や企業の透明性こそが権力の濫用を防ぐという理念のもと、主に内部告発を通じて得た情報を公開してきました

ウィキリークスが画期的だったのは、告発者の匿名性が徹底して確保されている点です。

独自に開発した暗号化技術システムを導入していて、情報を受け取るウィキリークスすら情報提供者の身元を知ることはできないほど厳重です。

ウィキリークスはこれまでに、アフガン戦争(7万5千点)、イラク戦争(40万点)、アメリカの外交公電(25万点)、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定の草案など1,000万件以上の文書やその分析結果を公表してきました。

ウィキリークスが世界的に有名になるきっかけともなった、イラクで米軍ヘリが一般市民に向けて発砲する動画を含め、これらのウィキリークスの暴露によって様々な不正が明らかになりました。

ハッカーとジャーナリストが集まり行われたウェブ上でのセキュリティ研修(写真:Ophelia Noor / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])

2018年に結成された「DDoSecrets (分散型秘密の妨害:Distributed Denial of Secrets)」という非営利組織も、「トーア(Tor)」と呼ばれるデータを匿名で送信できるとされるシステムを使用し、提供を受けた情報を公開する活動を行っています。

公開された情報に対して徹底的な調査や何らかの結論を示すことは団体としては行わず、必要とするジャーナリストや市民へ提供することであくまでもジャーナリズム体系の一部として機能することを目的としています。

また、報道機関も各々情報提供者が安全にリークできる仕組みを整備し始めています。

ニューヨークタイムズ紙やガーディアン紙など世界で50以上の報道機関が導入している「セキュアドロップ(SecureDrop)」というシステムは、匿名の情報提供者から安全に情報を受け取ることができるシステムで、無料で利用できます。

技術の進歩とともに、リークはより匿名性が高く、リークする者の安全を考慮した形で電子的に安全に行われるようになっているんです。

国境なきジャーナリスト間のコラボ

報道の自由を守り、情報収集力や分析力、発信力などを高めてより質のいい調査報道を展開するため、世界各国のジャーナリストは進歩した通信技術を活用して連携体制をとっています。

代表的な調査報道の連合としては、「国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)」があります。

ICIJのネットワークには、100の国と地域の267人のジャーナリストが参加し、100以上の報道機関と連携しています。

つい最近のパンドラ文書や、有名なパナマ文書、パラダイス文書など、世界中の富裕層や企業によるタックスヘイブンを利用した秘密裏の取引や租税回避・脱税についての調査報道を行ってきました

(タックスヘイブンって?という人はなぜ途上国は貧困から抜け出せない?闇すぎるタックスヘイブン問題とは?の記事読んでみて!)

ほかにも、世界各国17の報道機関、80人以上のジャーナリストが参加する「禁断の報道(Forbidden Stories)」というのがあります。

禁断の報道は、ジャーナリストが脅迫や殺害、逮捕などを受けて、進めてきた調査の継続ができなくなったときに、その調査を別のジャーナリストたちが代わりに継続し、公表することを目的とするジャーナリストのネットワークである。

ジャーナリスト間の協働は、調査の効率や質を向上させることができます。

さらに、万が一調査に関わっているジャーナリストの誰か1人の口が封じられたとしても、他のジャーナリストが調査を引き継いだり、情報を世間に伝えることができるのだと示すことができます。

このようなジャーナリストの連帯によって、ジャーナリズムが権力に屈せず事実を明らかにしようとする姿勢を示すこともできるでしょう。

Forbidden StoriesのHP

妨げられるリーク

ジャーナリストがいろんな技術を駆使して真実を暴く一方、国家側はジャーナリストの仕事を妨げています。

特にリークに関しては、先述したように国家機密などのリークは多くの国で違法行為として定められています。

アメリカでは、第一次世界大戦下で成立した、軍に危害を与えるために情報を漏洩することを防ぐ目的の「スパイ法」がありますが、適用事例はほとんどありませんでした。

しかし、バラク・オバマ政権下では公益のためにリークした人間にも適用し始めました

たとえば、元CIAのジョン・キリアコウ氏は、アメリカのテレビ局に、刑務所で行われていた水責めなどの違法な尋問方法について話したことに関連して、2013年にスパイ法違反などの容疑で逮捕されました

また、リークを受け取り発信した人間に対する訴追も大きな問題となっています。

2019年、ウィキリークスの創設者であるジュリアン・アサンジ氏は、アメリカからスパイ法違反など18の容疑で起訴されました

容疑には、ただ単にリークされた情報を公開した行為にもスパイ法が適用されています。

情報源にさらなる情報を求めたり、その情報源の身元を保護しようとする行為、特に受け取った情報を公開する行為は、ジャーナリストや報道機関が通常の職務として行うものです。

アサンジ氏が有罪判決を受ければ、ジャーナリストの「通常」の仕事が「違法」と扱われる前例がつくられてしまうとして問題になっています。

アサンジ氏のアメリカへの身柄引き渡しの反対や釈放を求める集会(写真:Garry Knight / Flickr [CC BY 2.0])

アサンジ氏は、スウェーデンで別件での逮捕状が出た後、アメリカに身柄を引き渡されることをおそれ、エクアドルに亡命を申請し7年間在イギリスエクアドル大使館に保護されていました。

その後エクアドルの大統領が変わったことなどもあって政府との関係が悪化し、2019年に大使館でイギリスの警察に逮捕されました

2021年10月現在、イギリスの刑務所で拘束されていて、アメリカは身柄の引き渡しを求めています。

イギリスの裁判所は現在のところ政治的判断を避け、アメリカへ引き渡せばアサンジ氏が自殺する可能性があるとして引き渡しを認めていませんが、アメリカは上訴しています。

アサンジ氏の有罪が確定し罪に問われることで「リークを公開するだけで犯罪になる」という前例を作りかねない、報道の自由を脅かす重要な事件になります。

受け取ったリークを発信するジャーナリストへの妨害は、ほかにもあります。

オーストラリアでは、国営のテレビ局がオーストラリアの特殊部隊がアフガニスタンで非武装の民間人を殺害したという政府文書を入手し公表したことに関連して、2019年、警察がこのテレビ局の家宅捜索を行いました

また、南アフリカでは、機密とされる政府資料を受け取ったジャーナリストや編集者が処罰される可能性のある法律が2011年に可決されました

日本でも同様に、2013年に特定秘密保護法が制定され、「特定秘密」とされた情報の漏洩、違法な取得やそれらの共謀、教唆、煽動等に対する罰則規定も定められました。

つまりこの法律によってリークした人間だけでなく受け取るジャーナリストも罪に問われる可能性があります。

法案提出時から、報道の自由が失われるとして反対の声も多かったです

イギリスの公式秘密法でも、政府関係者が機密情報を暴露することやジャーナリストが公表することは犯罪とされています

さらに最近、公式秘密法の適用範囲を広げ罰則を強めようとする動きがあり、メディア団体は強く反対しています

アフガニスタンで取材するオーストラリア国営放送(写真:NATO Training Mission-Afghanistan / Flickr [CC BY-SA 2.0])

妨げられるオンラインでの報道

通信技術の進歩は、報道の場を新聞やテレビからインターネットへと広げてきましたが、国家によるインターネット空間の監視や制限も強まってきています。

以前から報道をはじめとする情報統制が厳しく、報道の自由があるとは言い難い中国では、ネットの普及は閉ざされた世界とつながるチャンスかと思われました。

でも実際には、大規模なネット上での検閲やアクセス遮断が日常的に行われ、ジャーナリストが政府に批判的な報道を発信したり、市民がそれについて調べることはできません。

さらに、SNSなどを通じてのインタビューや記者会見などの取材活動も2014年に禁止されました

ネット事業を扱う企業にも自主検閲を求め、大量に人を雇い政権にとって「有害」なコンテンツを削除していく人海戦術がとられています

また、「有害」なキーワードを検出してアクセスをブロックするなどの最新の技術も用いられています

さらに、直接的な政府批判だけではなく、地方の政治家の腐敗をSNSなどで暴露したことでもジャーナリストが拘束されるケースも多く発生していて、ネット上でもあらゆる報道が困難な状況です。

フィリピンで2020年に可決された反テロ法は、曖昧で広範な「テロ」の定義に基づいて、当局は令状なしで最大24日間、「公共の安全を損なう行為」をした者の拘束を可能にするものでした。

ネット上でもこの法律は適用され、政府に批判的な発言や報道をすれば逮捕される可能性があります。

今回ノーベル平和賞を受賞したマリア・レッサ氏も、ニュースサイトで政府に批判的な報道をした機関やジャーナリストに対して適用される 「サイバー名誉棄損罪」で 起訴されました。

フィリピンでサイバー名誉棄損罪で逮捕されたジャーナリストのマリア・レッサ氏(写真:Deutsche Welle / Flickr [CC BY-NC 2.0])

報道の自由に対する逆境は、新型コロナウイルス感染症の世界的な大流行によってさらに強まっています。

感染予防のため各国で実施されている行動制限などにより、取材活動が困難になったことに加え、接触の追跡など携帯電話の位置情報データが政府機関によって利用されることでジャーナリストの機密が侵害されることも警戒されています

また、パンデミックの混乱を利用して「虚偽」情報の発信に対する罰則を設けるなど、報道の自由を抑圧するような法律を成立させている国もあります

実際、2020年にはブラジルマレーシアハンガリーなど複数の国で、「フェイクニュース」に対応するための動きがみられます。

しかしそれらは、取り締まられる対象が不明瞭な「反フェイクニュース法」などのオンライン上の批判的な発信者を政府が恣意的に処罰できる法律を整備したり、「フェイクニュース」を取り締まるという名目で、政府にとって都合の悪い情報を配信するサイトなどにアクセスできないようにしたりしているもので、報道の自由の抑圧が懸念されます。

技術によるジャーナリストへの攻撃の事例

不都合な真実の暴露を防ごうと、政府は先進技術を使うこともあります。

たとえば、メールやチャット、通話履歴など、スマートフォン上のあらゆる情報が知らないうちに他人の手に渡り、カメラやマイクのオン/オフは遠隔で操作されて常に覗かれる・・

2021年7月、そんな恐ろしい事を可能にする「ペガサス」というスパイウェア(※)が、様々な国の政治家や活動家、ジャーナリストなどの端末に潜んでいたことが明らかになりました

ペガサスの標的となった後にジャーナリストが殺害されたり逮捕されたりする事例もあり、機密情報を扱うジャーナリストにとって大きな脅威となっています。

ペガサス開発イスラエルのサイバー企業、NSOグループのHP

たとえば、政府に批判的な報道をしていたサウジアラビアの記者、ジャマル・カショギ氏が殺害された事件では、後にカショギ氏の婚約者の携帯電話がスパイウェアのターゲットになっていたことが分かりました

また、モロッコのジャーナリスト、オマール・ラディ氏は当局に逮捕された後、ペガサスの攻撃を受けて監視下に置かれていたとされています。

メキシコでは、フリージャーナリストのセシリオ・ピネダ・ビルト氏が州警察と政治家を非難する報道をした後に殺害されましたが、彼の携帯電話もペガサスのターゲットとなっていました

インドでは30人以上のジャーナリストがペガサスのリストに含まれていました。

ジャーナリストの脅威となるスパイウェアは、ペガサスだけではありません。

技術の進歩とともに開発が進み、スパイウェアはより複雑に、そして安価になっています

政府によるジャーナリストや市民に対する監視ツールとして、導入されやすくなっています。

世界中のジャーナリストの携帯電話は常に監視される危険に冒され、同時にジャーナリスト自身も危険に冒されていると考えるべきかもしれません。

コラム

ここまで見てきたように、ジャーナリストが技術によってさらに不正を暴こうと力をつける一方で、権力者は最先端の技術と法律などを駆使しジャーナリストの働きを妨害しようとしています。

ノーベル平和賞でジャーナリストが今年2人も選ばれたことで、先端技術がますます進歩していくなかでのいまのジャーナリズムの状況を知るきっかけになればいいなと思います!

※  スパイウェアとは、コンピュータ、スマートフォンなどの電子機器からインターネットに対して情報を送り出すソフトウェアのこと。多くの場合、そうしたソフトウェアがインストールされていることにユーザーは気づかないまま電子機器を利用し、知らないうちに情報が外部に送信される。

※   調査報道とは、報道機関やジャーナリストが独自の調査によって問題を発掘し、自らの責任で報道する方法。

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