みなさんこんにちは、コクレポです。
★この記事では堕胎や新生児の殺害といった内容を含むので、心身の状態に注意してお読みください。
現在、インドの人口は中国に続き世界第2位ですが、実はインドでは長期的に人口抑制政策が取られてきました。
そしてそれが大きな問題になっています。
今回は、インドでの人口抑制政策の実態を取り上げます。
強制不妊手術
まず1951年以来、避妊方法として推奨されていたのが不妊手術です。
当初の取り組みは国際的な産児制限の流れに同調するように、貧困な女性に焦点を当てたものでした。しかし、1960年代には、政府は対象を男性に向け始めました。
たとえば農村で暮らし、都市部に働きに出ている男性の多くは公共交通機関を利用して移動するものの、運賃が払えず無賃乗車で摘発されることがありました。
そこで、政府は無賃乗車に対して重い罰金を貸す代わりに、不妊手術を受けることで無賃乗車を不問とするという条件を出しました。
このような罰金などを理由に男性を不妊手術のターゲットにしました。
また、精管切除手術の方が卵管切除手術よりも比較的安全な手術で、回復時間や経過観察も少なくて済んだことも理由のひとつです。
不妊手術が特に推進されたのは1970年頃で、そこには国際的な圧力がありました。
当時の首相インディラ・ガンジー氏は欧米諸国や国際機関から、国民に対する不妊手術の実施を迫られました。
欧米諸国や国際機関は、世界人口の爆発的な増加は資源不足を招き各国家の安全を脅かす可能性があるために、経済開発よりも人口抑制の必要性を説き、人口抑制計画への支援という名目で不妊手術や不妊治療を嫌がる人々に強要するようインド政府に圧力をかけたのです。
例えば1965 年、飢餓の危機に瀕していたインドに対し、当時の米大統領リンドン・B・ジョンソン氏は不妊手術の奨励にインド政府が同意しない限りインドへの食糧援助を拒否する姿勢を見せました。
さらに世界銀行は、1972年から1980年の間に、インド政府に対して不妊手術実施のために6,600万米ドルの融資を行いました。
また、国際家族計画連盟(IPPF)、アメリカ合衆国国際開発庁(USAID)、国連人口基金(UNFPA)などの機関も、数千万米ドルに及ぶ融資を行い、インド政府は強制不妊施術実施を含めた家族計画プログラムを推進させました。
1976年、当時の首相であったサンジャイ・ガンジー氏は「不妊手術をインドの国家人口政策の中核に据える」と宣言し、人口が急速に増加した北部の州を中心に不妊化政策が実施されるようになりました。
特にこの年には州政府によって集団不妊手術キャンプが実施されました。
空き地や学校を会場として大規模な不妊手術を実施することです。
多くの市民が強制的にバスに詰め込まれこのキャンプに連れて行かれ、その結果1976年の1年間で、政府は620万人もの男性に不妊手術を施しました。
対象は貧しい人々、読み書きのできない人々、刑務所の囚人など様々で、不妊手術の見返りとして土地を提供するなど表向きは貧困支援かのような体裁が取られていました。
しかし、その実態は強制的な要素を含んでいて、手術を拒否した人には罰金を課したり、政府関連の職務には勤められないようにするなどして、市民は不妊手術を強要されていきました。
政府は、政府職員や保健所職員、教師や警察官などの公務員に対して、不妊手術を受けるよう説得する人数のノルマを課し、あらゆる手段を用いて達成するよう求めました。
ノルマが課せられた公務員たちは、ノルマを達成するまで昇進や給与の支払いを保留されたため、ノルマ達成の必要に迫られます。
その結果、不妊手術の証明書の提出なしには運転免許の更新や病院での無料診療が受けられなくなるなど、市民に対する不妊手術の強要が進められていきました。
1980年代になり政権が変わると、インド政府は家族計画政策のターゲットを女性に転換し、不妊手術のターゲットのほとんどが女性になっていきました。
政府は安全な不妊手術の実施を呼びかけたものの、政府が設定した高いノルマを短期間で達成しようとするあまり、手術の失敗も多数発生しました。
例えば2009年から2012年の間では、手術の失敗が原因で700人以上が死亡し、手術に起因する合併症の発症も356件報告されています。
これらの医療災害の原因は、初歩的なインフラしか整備されていない環境、十分な訓練を積んでいない医療従事者による不妊手術の実施にあるとされています。
2014年には、不妊手術キャンプで13人の女性が死亡するという大規模な事件が発生。
この事件を機に、2016年9月、インドの最高裁判所は政府に対して、3年以内に不妊手術キャンプを確実に廃止し、州政府もこれに従うよう指示しました。
しかしこの決定に大きな拘束力はなく、不妊手術キャンプは現在も継続されています。
殺される女児
1990年代、インドで超音波検査が普及し、妊娠中の胎児の性別判定が悪用されるようになります。
女児の新生児殺害や性選択的中絶が急増しました。
一体何が原因でこのような行動がとられたのでしょうか。
第一にインドにおいて女児が経済的負担と捉えられていたことが挙げられます。
インドには娘が結婚する際に結婚相手にダウリーと呼ばれる持参金を払うという習慣があります。
また、嫁いだ娘は、嫁ぎ先において義父母などの老後の面倒を見る役割を担い、実の親の老後の面倒を見られることは稀なケースが多いです。
そのため、将来的なセーフティネットを提供してもらえる可能性が低い娘を養育し、多額の持参金を支払ってまで嫁がせることを貧しい家庭が大きな負担と捉えるようになっていました。
第二にインドでは男児優遇の文化的信念が浸透しています。
第一の理由とも関連するが、多くの家庭において娘よりも息子を欲しがる傾向が強かったです。
というのも息子が将来的に一族の遺産を受け継ぎ、稼ぎ手となって家族を養う重責を担うケースが多いからです。
そして社会的評価が高い男児を産むことは女性にとって一種のステータスとなるほど望まれていました。
そのため中には女児を妊娠して配偶者や義理の親に非難されることを恐れて、女児を妊娠する度に中絶し、家族が望む人数の男児を産むまでそれを繰り返す女性もいたといいます。
また、経済発展に伴い、子育てよりも貯蓄にお金を費やしたいという考えから、中産階級の夫婦にとって大家族を築くことは現実的ではなくなります。
それに伴い出生率が低下する中で、息子が欲しいという希望を叶えるために性選択的中絶という方法が取られることもありました。
インドの州の中で最も人口の多いウッタル・プラデシュ州では、死亡届が提出されず行方不明となっている女児の数は2017年から2030年の間に累計で200万人になると予測されています。
そして2030年までに性選択的中絶によって命が絶たれる女児の数はインド全体で推定680万人に及ぶと推定されています。
2人っ子政策
2021年7月、ウッタル・プラデシュ州法律委員会は、人口抑制を目的とした法律の制定が検討されたことに伴い、子どもは最大2人までという規範を守るように奨励する法案を提出しました。
法案の内容について例を挙げると、子どもが3人以上いる者は政治家や公務員になることができないとし、現在勤務している者には昇格資格を剝奪するなどの措置が取られます。
さらに、子どもが3人以上いると、政治家として地方選挙への参加が禁じられています。
一方、子どもが2人以下の人には税金の払い戻しなどの優遇措置があり、公務員の場合、在職中2回分の追加昇給や土地や家の購入補助などの優遇措置を受けることができます。
さらに子どもが1人の場合は、在職中4回分の昇給があり、子供の医療費と教育費が20歳まで無料になるといったものです。
2人っ子政策の目的は資源が限られている中で、手頃な食料、安全な飲料水、住宅、質の高い教育へのアクセス、家庭で消費する電力・電気、安全な生活など、基本的なニーズを全ての国民が利用できるようにすることであるとされています。
この目的を達成するために、ウッタル・プラデシュ州女性の総出生率を2026年までに2.1、2030年までに1.9まで引き下げることを目指しています。
しかしこの法案をめぐって反発の声が挙がっています。
そもそも2人っ子政策が出生率の低下に繋がるという根拠はないと、専門家は指摘します。
また、この法案が実現した場合、政権を握るバラティヤ・ジャナタ党(BJP)に所属する議員の半数は3人以上の子供がいるため下院選挙に参加する資格がなくなることになります。
BJPにとって不利になりますが、政策に従えばさまざまな優遇措置を受けられる法案で州民の支持を獲得しようとしたこの動きを、他の政党は選挙での議席を獲得するための都合のいい政策だと主張しました。
ウッタル・プラデシュ州の他、カルナタカ州、マディヤプラデシュ州、トリプラ州、アッサム州も人口抑制に関する法律の制定を検討し法案の要求が高まっていますが、インド全体で実施されている国家政策はありません。
影響と対策
このような政策がどのような結果をもたらしてきたんでしょうか?
不妊手術は強制的に行われ、教育を受ける機会を剥奪されてきた女性たちの中には、不妊手術が唯一の避妊方法であり手術を受けるしか選択肢がないと信じていた人もいました。
そして粗悪な手術環境とその後の保護体制が整っていないために多くの命が奪われました。
性選択的中絶は男女間の不平等の拡大、性比の偏りを招きました。
男女間の不平等の拡大については、男児優遇の文化的信念が残存していて、女性は教育や福祉サービスを受けられる機会が少ないです。
そのため、結婚して男児を産まなかった場合、それを原因に家庭内暴力を受けることもあります。
また、教育を受ける機会が剥奪されてきた女性の多くが家庭内での立場が弱く、これらの慣習や暴力に抵抗することができないという状況もあります。
偏った性比については、2011年の国勢調査では、男性1,000人に対して女性は940人で、0歳から6歳までの児童性比は、男児1,000人に対して女児918人と著しく差が開いています。
2021年11月、インド政府が発表した最新の全国家庭健康調査(NFHS)のデータによると、現在、男性1,000人に対して女性は1,020人であると発表していますが、この数字に信憑性があるとは言い難いと言われています。
このような性比の偏りは多数の性犯罪の原因のひとつです。
男女比が著しく異なる地域では結婚相手の数が少ないため、未成年の少女が強制結婚を迫られたり男性が他の地域から結婚相手を「購入」する人身売買が発生しています。
2014年のデータでは、結婚を目的とした女性の誘拐や拉致は 30,957 件も起きているんです。
インド政府は、これまでに出生前診断技術法を初めとする女性の権利利益保護のための法律を制定してきました。
しかし国家機能や法律が厳格さに欠け、女性の権利に対する認識の変化が少ないために、依然として不妊手術や性選択的中絶が行われている状況です。
2人っ子政策が本格的に実施され、持てる子どもの数が厳密に制限されると、少子高齢化に繋がることが予測されます。
近年インド経済は急速に成長している。
それは労働人口が増加していることでモノの生産及び消費が活発化していることが要因です。
実際に2022年までにインド国民の年齢の中央値は28歳になると言われていて、若者の多さは労働年齢人口の多さに繋がり、経済成長に大きく貢献しますが、少子高齢化によって停滞する恐れがあります。
また、長期的な視点で考えると、高齢者の更なる増加は労働人口の負担を増加させることにもなるでしょう。
さらには性選択的中絶の増加、それに伴う性比の偏りを招く可能性も否定できず、人口抑制策として効果的とは言えません。
一部の州は性比の改善などの取り組みを実施していますが、人口の多いほとんどの州でははまだあまり進んでいません。
コラム
インドは労働人口が多いからこれから大きく経済成長する!という声はよく聞きますが、こんな政策がとられていたのは知っていましたか?
性別問わず、国民の人権を尊重する社会へと変化できるのでしょうか。