リアル北斗の拳!?2021年ソマリアの現状を分かりやすく解説

みなさんこんにちは、コクレポです。

2000年代「リアル北斗の拳」とまでいわれていたソマリアという国を知ってますか?

昔よりは治安が良くなったとはいえ、最近でも大型テロでたくさんの市民が亡くなっています。

そんなソマリアですが、実はいま、2021年2月8日に予定されていた大統領選挙が実施されず、新しい大統領を決められないまま、現大統領の任期も失効してしまうという政治危機事態になってしまってるんです。

現在ソマリアで、一体何が起こっているんでしょうか?

なんでこんな事態になってしまったんでしょうか?

今回はソマリアの現状について解説したいと思います。

ソマリアの歴史

ソマリア概要

ソマリア連邦共和国は、インド洋とアデン湾に接していて、エチオピアやケニアの東側に位置している国です。

ソマリア連邦共和国には、事実上5つの連邦加盟州が存在しています。(ジュバランド、南西部ソマリア、ハーシャベル、ガルムドュグ、プントランド)

これらの州に加えて、1991年に独立宣言を行い、事実上独立国として機能しているソマリランドが北部に位置しています。

ソマリア全体での人口は、2019年時点で約1,540万人です。

ソマリアで使われている言語は、公用語であるソマリア語とアラビア語に加え、イタリア語や英語などがあります。

また、ソマリアの人々の大多数がスンナ派イスラム教を信仰しています。

ソマリアの人口のうち大半はソマリ民族というアイデンティティを持っていますが、民族的区分は比較的少ないです。

一方で特徴的なのは氏族の存在です。

血縁関係によって定められる氏族は、ソマリアでの生活におけるいろんな意思決定に影響を及ぼしています。

中でも、ハウィエ、ダロッド、ディル、ラハンウェインという4つの氏族が大きな影響力をもってます。

植民地支配

1869年にスエズ運河が開通したことを機に、帝国主義諸国がソマリアに進出してきました。

1870年代に入ると現在のソマリアにあたる地域は、次々と植民地支配を受けるようになっていきました。

結果的に、紅海の出入り口となるジブチ港付近をフランスが、その東側のアデン湾に面している地域をイギリスが、そしてインド洋沿岸から内陸部にかけての広大な地域をイタリアが植民地としました。

またエチオピアもソマリアへと進出し、西部を植民地化しました。

その後、1960年にイギリスの植民地であったソマリランドと、イタリアの植民地であったソマリアが個別に独立し、それらが合併してソマリア共和国が成立しました。

そして1969年、当時少将であったモハメド・シアド・バーレ氏が軍事クーデタを起こして大統領に就任し実権を握りました。

バーレ氏は民族主義を掲げ、ソマリ系住民が多い隣国のエチオピア東部に侵攻しました。

その結果、もともと行われていた国境紛争が激化し1977年からオガデン戦争へと発展しました。

冷戦中の米ソ対立も反映していたこの紛争にソマリアは敗北し、1988年にエチオピアと和平協定を結びました。

反政府勢力の拡大

この戦争による社会および経済的疲弊から、バーレ氏の独裁政治に対する市民の不満は高まり、反政府活動が拡大していきました。

これに対して、バーレ氏は反政府派を厳しく弾圧しました。

でも、反政府派の勢いは増し続け、ついにバーレ氏は首都モガディシュだけを治めることになりました。

そして1990年に反政府勢力が首都に侵攻、翌年にバーレ氏は追放され、暫定政権が成立しました。

でも、暫定政権の大統領は、政権内の対立によって、首都から追放されてしまいます。

また、政府による南部優遇政策などに不満を抱いていた北部地域、旧イギリス領ソマリランドが同じ年に一方的に独立を宣言しました。

他国から国家として承認されてはいませんが、以後ソマリランドは実質的に独立国家として機能しています。

また、1998年にはソマリア北部に位置するプントランド地方が自治を宣言しました。

こうして各地で自治政府が誕生し、統一的な政府が存在しなくなったソマリアでは、ソマリア南部で複数のウォーロード(私的利益を追求するための武装勢力のこと。政府の統治能力が低い地域で生まれ、その地域の実質的な支配者になります。反政府勢力と違って、政府転覆は目指さず、政府軍との衝突も避けます。占領・活動地域内での安全保障環境を独占することによって経済活動もコントロールでき利益を得ます。)が勢力圏を形成し、その支配圏を争い合う状況となっていきました。

これに対して国連平和維持部隊(Peacekeeping Operations:PKO)や米軍による介入がしばらく続いたものの、紛争は続きました。

そんな中、イスラム教の法を軸にした法廷の連合がソマリアで出来上がりました。

イスラム法廷会議(Islamic Courts Union : ICU)と呼ばれるこの連合は、秩序と国の統一を取り戻すことを掲げたイスラム法学者たちによって2000年に結成されました。

ICUは多くの市民から支持を集めつつ武装化し、2006年7月に首都モガディシュからウォーロードたちを退けました。

結果、一時的にソマリア南部は統一されていきました。

でも、ICUの勢力を脅威として捉えたエチオピアが攻撃を仕掛け、ICUは同年12月に解体されました。

アル・シャバブとの闘い

その後、ICUの一部の青年過激勢力が、ソマリアにイスラム国家を樹立することを目標にアル・シャバブを組織し、エチオピア軍に対するゲリラ攻撃を行うようになりました。

また、2007年にアフリカ連合(African Union:AU)は、国家の安定を取り戻し、国家建設の進展の支援することを目的に、アフリカ連合ソマリア平和維持部隊(African Union Mission in Somalia:AMISOM)を展開することを決定しました。

ウガンダ、ブルンジなどの軍隊が構成するAMISOMは、徐々に首都を含む主要都市からアル・シャバブの勢力を追放していきました。

AMISOM以外にも複数の国によってソマリアへの軍事介入が行われてきました。

アルシャバブとの闘い ソマリアに平和は訪れるのか

近隣国のケニアは、武装勢力による自国への攻撃を防ぐ名目で2011年に軍事介入を行い、ソマリア南部の一部を占領しました。

これに対してアル・シャバブは、ケニア国内でテロ攻撃を行い反撃しました。

一度はソマリアから撤退したエチオピア軍も、ケニア軍もやがてAMISOMの一部として組み込まれることとなりました。

また、アメリカもアル・シャバブの脅威を問題視していて、ソマリアにおいてアル・シャバブに対する空爆を含む軍事攻撃を2001年以来継続的に行っています。

ウガンダの防衛軍司令官が演説している様子(写真:AMISOM Public Information/Flickr[CC0 1.0])

海賊の出現

このような情勢不安が原因で、ソマリア政府の統治が陸にも海にも行き届かなかったことや、そんな中に侵入し違法漁業を行っていた諸外国の漁船などの存在で、ソマリア沖付近で海賊が現れるようになりました。

ソマリア以外の外国船への被害も拡大したことから、2008年には国連、欧州連合(European Union:EU)、AU、アラブ連盟らが集まり協議を行い、国連安保理は軍事力を行使する決議を採択しました。

これによって、海賊による目に見える形での事件の数は減少しました。

でも、統治の問題、貧困、領海内での違法漁業などの根本的解決はしていません。

写真:AMISOM Public Information / Flickr [CC0 1.0]

暫定連邦政府

暫定連邦政府は2012年の憲法採択まで活動を続けました。

また、2000年以降ウォーロードなど、各地の有力勢力らが和平会議や協議を行うようになりました。

結果、2004年にソマリア暫定連邦政府(Transitional Federal Government:TFG)が設立されました。

でも、実際には暫定連邦政府にはソマリア全体を実効支配する力はありませんでした。

大統領のリーダーシップは弱い上、国会議員も和平交渉に参加していたエリートの中から選出されていて、政権内で数多くの汚職が行われていました

その後、2012年に採択された憲法によって、ソマリア連邦政府(Federal Government of Somalia:FGS)が新たに設立されました。

ソマリア中央政府として実際にソマリアを統治することを目指す、正式な政府が誕生しました。

中央政府誕生?

こうして連邦政府が誕生し、新たな大統領としてハッサン・シェイク・モハムド氏が選出されました。

彼が4年の任期を終えた後、2017年に現大統領であるモハメド・アブドュライ・モハメド(通称ファルマージョ)氏が選出されました。

しかし、彼の任期中にソマリア政府と連邦加盟州との対立が深まりました。

連邦加盟州はある程度の自治権を持っていて、独自の警察と治安部隊を持っています。

その中でもプントランドとジュバランドは特に自治意識が高く、これらの連邦加盟州と中央政府との対立により度々政治衝突が発生していました。

また、ソマリアは4.5氏族構造という議会の議席の分配システムがあります。

これは、さっき説明した4つの主要な氏族の議席数をそれぞれ1とし、その他少数の氏族の議席を合わせて0.5として分配するものです。

2004年に発足した暫定政府の議席も、この氏族構造に基づいて分配されました。

また、ソマリアの国政選挙の制度も、氏族を基盤とした間接選挙制です。

まず氏族の代表者である長老が代議員を選び、次に代議員が下院議員を選び、そして下院議員が大統領を選出するという制度となっています。

間接選挙はその性質上、広く民意を反映させることが難しいです。

ソマリアで最後に直接選挙が行われたのは1969年で、もう50年以上前のことです。

2017年に実施された連邦議会選挙における投票の様子(写真:AMISOM Public Information / Flickr[CC0 1.0])

2021年2月の選挙を控え、2020年9月にはソマリア政府と加盟州との間で選挙制度に関する議論が行われ、次回選挙では50年以上ぶりの直接選挙を行う方向で話は進みました。

でも、ソマリア政府と加盟州との間で選挙の実施方法などについて合意できませんでした。

その結果、2021年2月8日に本来予定されていた大統領選挙は実施されず、新しい大統領を決められないまま、現大統領であるファルマージョ氏の任期が失効してしまうという事態になってしまいました。

積み重なる諸問題

他にもソマリアにはいろんな問題が存在します。

アル・シャバブ

ソマリアが抱える大きな問題の1つにアル・シャバブがあります。

アル・シャバブはAMISOMなどによって都市部からは追放されましたが、農村部ではいまだに大きな影響力を保ったままです。

2020年4月には、選挙で投票に関わったすべての人間を攻撃の標的とするという声明を発表していて、選挙や投票行動を妨害しています。

2016、2017年の選挙の際には、実際に複数の長老と代議員を殺害しました。


ソマリランド

また、中央政府とソマリランドとの関係性も重要な問題です。

1991年に独立を宣言したソマリランドですが、ソマリア政府はそれを認めず、数10年間にわたって対立関係にありました。

これまでも度々和解に向けた対話が行われてきましたが、ソマリランドの主権や主張について根本的に意見が食い違っていて、合意できませんでした。

2020年に5年ぶりに協議を再開したものの、まだ問題の解決には至っていません。

問題は国内だけではありません。


周辺諸国との関係

周辺諸国との関係性もとっても不安定です。

ソマリア政府は海上の国境をめぐってケニアと対立しています。

ソマリア外務省は、2020年にケニアが内政に干渉していると批判して、外交関係を断絶しました。

これに対してケニアは、AMISOMの下でアル・シャバブと戦闘を行っていた兵力をソマリアから撤退させる方向性を示しています。

ケニアが兵力を撤退すると、ソマリアに対する影響力が小さくなります。

もう1つの隣国であるエチオピアは、比較的友好関係ではあるんですが、2020年にエチオピアのティグレ州で紛争が勃発したことで、エチオピアもソマリアから一部の兵力を撤退させることになりました。

さらに2021年1月には米軍がソマリアから撤退して、AMISOMも2021年12月に終了予定です。

こうして生まれる政治的、軍事的空白によって、アル・シャバブが勢いを増してしまうことが懸念されています。

戦闘により崩壊したモガディシュのホテル(写真:AMISOM Public Information / Flickr[CC0 1.0])

中東諸国の対立

また、中東諸国の対立もソマリアに影響があります。

ファルマージョ氏が大統領に就任した時、カタールと湾岸の近隣諸国は緊張状態にあって、サウジアラビアとアラブ首長国連邦(United Arab Emirates:UAE)は同盟国に、カタールとの関係を絶つよう働きかけていました。

そんな中、ファルマージョ氏はカタールとの中立関係を宣言しました。

そこには経済支援を受けているトルコやカタールとの連帯などの理由がありました。

でも、結果的にソマリア最大の貿易国であるUAEを刺激し、関係の悪化を招いてしまいました。

また、UAEはファルマージョ氏の行動を受けて、中央政府と対立している連邦加盟州やソマリランドへの支援を強化し、それが政府と加盟州の分裂をさらに深刻化させました。

政治的安定へ向けて

以上見てきたように、ソマリアには、解決すべき問題がたくさんあります。

延期されたままの選挙は、実施できるんでしょうか?

次の選挙がいつ実施されるかは未定ですが、1人1票の直接選挙の実現に向けて法整備などが必要です。

そのためには中央政府と連邦加盟州や氏族構成をもとにした権力分配などの状況を改善して、協力して選挙制度を確立する必要があります。

さらにアル・シャバブへの対応、ソマリランドや周辺諸国との関係の改善にも取り組まないといけません。

ソマリア全体が一つの国として機能して、国内外のアクターと良好な関係を築いていくことが、現在の危機的政治状況を打開するための第1歩なのかもしれません。

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ケニアの大統領ウフル・ケニヤッタ氏(写真右)、隣にファルマージョ氏。(写真:AMISOM Public Information / Flickr[CC0 1.0])

コラム

危険な現状だけは知ってても、その背景まで知らないと、どうやったら解決できるかって考えれないですよね。

テロリストが悪いんだ!アルシャバーブを追放したらいい!って短絡的にならずに、複雑にいろんな要因が絡んでいることを知ってほしいな、と思います。

日本では、アクセプト・インターナショナルという団体が、ソマリアでの活動を行っています。私も1年間所属していたんですが、貧困へのアプローチをする団体は多い中、紛争やテロにパッション持って活動してる団体って日本は少ないので、紛争やテロ、ソマリアに関心ある人はとてもおすすめです。



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